
偏見は誰にでもあるので無くならない。自分にできることは何?
今月偏見の記事を読んで色々考えました。
偏見について語る人あるあるなんですけど、自分が偏見持っていることを無視して人のことを話す人が多い。
かくいう私も偏見と言う話をするときに自分が偏見にまみれていることを忘れてしまっていることが多いです。
偏見がない人は存在しません。
偏見の資料見るとだいたいそう書いてあります。
私自身聖書を愛読してますけど、読んだからと言って偏見がなくなるわけではないです。
私よりもはるかに賢い人が読んでも、その人の潜在的偏見は完全に取り去られるわけではないです。
つまり、私たち人類は偏見から逃げれないですし、自分の偏見すら取り除くことはできませんけど、
楽しく生きていきましょう~~
という話だと思ってます。
あと、偏見をセーブしないと喧嘩になります。平和に生きていくためにセルフコントロールしていきましょう。
偏見の特集記事読みませんか?
目次
偏見のメリット
客観的な根拠なしに判断することが偏見。しかし、世の中に起こるすべてのことを細かく背景情報まで調査して判断することは到底不可能でしょう。
偏見は自己防衛反応の1つで、危険予測に役に立っていますという説があります。
ただ言うは易し行うは難し、偏見を適度なポジションに保つのは至難の業です。
偏見を抱くデメリット
デメリットは枚挙にいとまがありません。差別、いじめ、敵対、破壊、暴力、戦争の温床です。
偏見は暴力や差別の温床ではありますが、その反面自分の精神を守る作用もあります。自分から偏見を取り除くことはできないので、偏見で対処するところと偏見を持つべきでないところの見極めが必要になってきます。バランスよく偏見と付き合っていきたいですけど、偏見と言うものは他者が関係するものなので、万人に好かれようとしている人には偏見との付き合い方は難しいでしょうね。
偏見の意味、定義
偏見(へんけん、英語: prejudice)とは、偏った見方のことである。差別と密接な関係を持つ。
引用:wikipedia
かたよった見方・考え方。ある集団や個人に対して、客観的な根拠なしにいだかれる非好意的な先入観や判断。
引用:goo辞書
偏見の類義語
先入主、僻見、依怙、先入見、依怙贔屓、片より、偏り、先入観、偏執、傾き、偏愛、偏好、思い込み、片寄り、バイアス、不公平、偏った考え、傾向、成心、ステレオタイプ、潜在認知、差別
別の言い回し
色眼鏡で見る、フィルタを通して見る、バイアスがかかる、レッテルを貼る、憶測を交える、思い込む
対義語
偏見の対義語、反対の言葉は
中立、正見とされています。
偏見を分析
偏見はすべての人が持っていて、偏見ゼロと言う人はこの世に存在しえないです。
また各人の持つ偏見の度合いとカテゴリが異なるので、一人一人が各カテゴリにおける偏見を指数で表せるわけではないので、偏見が強い弱いを判断しにくいです。
ただ、これはまたフィーリングの部分ですけど、自分の知り合いの中で偏見がきつい人とそうでない人がいて、偏見がきつい人は頭が悪いと言いたくなります。
偏見とは客観的な根拠がない中で判断を下している行為なので、常日頃から自分の考えに関しての証拠を自問している人は偏見がきつくない人が多いです。
また、常に自分の考えに確たる証拠を求める人は、自分と異なる意見に耳を傾けることも多く、のっけから相手を否定にかからない人が多いです。
寛容な見方を形作るのは、自分は何も知らないというスタンスが必要だと思います。進んで他の人の意見に耳を傾ける、対話やコミュニケーションによる理解が寛容な見方を促します。
勉強すれば勉強するほど自分は何も知らないなと感じます。
言い換えると勉強を全くしない、もしくは勉強しても頭を働かせないと、自分の無知を実感できないので、新たな知への欲求が起きにくく、思考を閉鎖してしまうのではないかと思われます。
そして思考を閉鎖した人は、自分のきわめて限られた体験と知識に基づいて判断を下してしまう傾向が強いです。自分で判断を下していると思っている行為がメディアからの誘導であることを、客観的に思考閉鎖型の方を見て思うことが多々あります。
隣の国への異常なまでの嫌悪感などを聞くときに、何も知らないし、隣の国に行ったこともないし、隣の国の人たちとコミュニケーションをダイレクトにとったこともないのに判断を下している。
これぞまさに偏見。
そして本人は自分で考えて自分でその考えを下したと言っているけど、ほぼほぼTVやニュースメディアの見過ぎが原因にあることは否めません。海外にいてて、そのような偏見をあおる報道を見ていない人は同じような考えを隣の国に対して持っていないことが多く見られました。
とまぁ他人ごとのように偏見について書いてみましたけど、自分にも根深く偏見があることを苦しく思うことがあります。
例えば気付いているだけでも
・自分から見てかなりアホなことを言った人をアホ認定し、その後その人及び類似カテゴリーの人の話をほぼスルーしてしまう。
・ポジションマウントとろうと仕掛けてきた人をアホ認定して、空気扱いしてしまう。
その人の事実の一部しか知らないけど、自分が嫌いな部分を1%でも見ると、100%嫌いって思う自分がいるんですよ。
それと日々戦っています。
偏見の具体例
日本に住んでいてい偏見を感じる時がありますか?
一部事例を紹介します。
病気に対する偏見
病気、特に精神疾患に関する偏見がかなり多いです。
精神疾患と言うと代表例がうつ病、統合失調症、躁うつ病などです。
その実態調査をしたものが2019年度報告書「精神障害当事者の家族に対する差別や偏見に関する実態把握全国調査 」
P8の精神障害者の家族が経験した差別や偏見と言う部分はかなりきついです。
読んでいるとかなり心が痛む内容なので、ご注意ください。
他にも偏見にさらされる病気は多種あります。
コロナの影響で、看護師等医療従事者に対する嫌がらせが発生したのも偏見の現われです。
その子供が学校でいじめられるという事態にまでエスカレートした事例もあります。
学歴やポジションに対する偏見
低学歴、高学歴に関する偏見や差別があります。社会に出るとそう言うことは嫌でも接することになります。
また特定職業に関する地位向上のムーブメントなどは偏見を打破しようとする試みと言えます。
人種偏見
偏見と言えば人種間の偏見と言われるくらいメジャーな偏見です。
現在の日本でも人種偏見は主に、
・ハーフの人に対する偏見
・外国人嫌悪
などが見られます。
上記以外でも肌の色の問題は世界各地同様存在しています。
偏見が強い人にならないためにできること
偏見が強い人の特徴というサブタイトルで書くこと自体が偏見を助長しているようにも思えるので、
偏見をテーマに書くのはとても難しいですね。
偏見の強い人に見られる特徴を自分も持たない努力をすることで、極端な偏見を持たないよう自分のためになります。
勉強する
無知ゆえに偏見と言う事例があります。
昔の格言にこうあります。
「 聞かないうちに返事をする人は, 愚かであり,辱められる。」-格言 18:13
きちんとした証拠や証人がないのに勝手に決めつけて話をするのは偏見であり、それは頭が悪いことの現われです。
勉強をすると極端な偏見を避けることができるようになります。
ごう慢さを避ける
勉強していくと人が陥りやすくなるのが、
「俺スゲー!」となることです。
昔の格言にこうあります。
「知識は人を思い上がらせますが,愛は人を向上させます。」-コリント第一 8:1
自分すげー状態になると、一部の分野で自分より知識がない人を見下し始める傾向があり、自分より劣ると思う人の話に耳を傾けなくなります。
そうなると、知識が偏りがちになり結果的に頭が悪い状況に陥ります。そして強い偏見を持つ可能性があります。
ごう慢さには気をつけましょう。
道理にかなう見方
知識はアップデートしないと時代遅れになります。
状況は刻々と変わっており、自分は特定のことをすでに徹底的に勉強して知っているという態度は危ういです。
昔の格言にこうあります。
「上からの知恵はまず第一に貞潔であり,次いで,平和を求め,道理にかない,進んで従い,憐れみと良い実とに満ち,不公平な差別をせず,偽善的でありません。」-ヤコブ 3:17
道理にかなった見方をするよう心がけるなら極端な不公平や偏見、差別を避けれるようになります。また刻々と変わる状況の中で柔軟に物事を多角的に見ることができます。
偏見への向き合い方
自分が一生懸命偏見を避けようと思っても、周りが偏見に満ちていることは日常茶飯事です。
偏見に満ちた人に直面したら時に反撃、報復をしたくなります。
報復をすると、その報復行為に対して相手がさらに大きな力で報復してくることが考えられます。
そしてそれに対してまたこちらも報復をするという、報復の応酬が始まります。
そんな生活送りたいですか?毎日敵対相手に攻撃されるのを警戒しながら生きていくとか、幸せな生活とは反対にあります。
つまり、報復しても自分は全く幸せにならないことが予測できます。
「Forgiveness: How to Make Peace With Your Past and Get on With Your Life」(英語)という本は「激怒は人を消耗させ,時間とエネルギーを奪う。過去のつらい経験にこだわり,傷つけた人を心の中でのろい,借りを返す策を練っていると,消耗するのである」と言っています。
昔の格言にこうもあります。
「穏やかな心は体に良く,嫉妬は骨を腐らせる。」-格言14:30
偏見を持つ人に対峙するときは、アンチやパワハラ上司に対するのと同様です。
・転職や転校、引っ越しする
・無視する
・法的手段に訴える
個人的には過去に偏見を持つ人と毎日会うという経験を持っているんですけど、行ったことは
1.話をしてみる
まずは相手が偏見をどのように持っているかを話し合いで理解しようとしました。ただ単に知らないだけなのか、悪意あるものなのかの判別をします。
2.スルーする
悪意ある、故意の偏見だとわかると、相手にしないようにしました。
3.近寄らない
偏見を持つ人がいるところには近寄らないようにし、出会ってしまったとしてもさっさと逃げました。
おおむねこれらの手段で回避できましたが、あまりにも偏見よる自身へのダメージが大きい場合は引っ越しや法的手段と言うのも考えていいでしょう。
まとめ
人間は不完全で偏見を知ってか知らずか必ず持っています。
ですから極端な偏見に走らないようにしたいですね。
偏見に関した特集雑誌に興味があれば以下のPDFを無料ダウンロードして読んでみてください。
こちらもおすすめ

聖書の名言「励まし」について。あきらめたらそこで試合終了ですよ
2019年1月27日
聖書おすすめの章はどれですか?
2019年9月5日