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リーダーシップについて聖書が述べる理想像とは?

自営業をやっていますが、人を雇うことが少なからず生じます。

そこで考えます。理想のリーダーシップとは?どうすればスタッフと事業どちらも伸びていくシステムを構築できるのだろうか?

しょっちゅう悩みます。

私自身は独身なんですけど、家庭におけるリーダーシップがよくわからないのでもっと勉強したい。

というわけで、聖書におけるリーダーシップを考察していきます。

 

厳密に言うとheadshipについての考察なのですが、

ヘッドシップと言ってもなかなか伝わりにくいので、ここはざっくりリーダーシップでまとめています。

 

聖書におけるリーダーシップの基本的な考え方

「しかし,次のことを知ってほしいと思います。全ての男性の頭はキリストであり,女性の頭は男性であり,キリストの頭は神です。 」-コリント第一11:3

神>キリスト>男性>女性

こう書くと女性が低められているという指摘もあるでしょうが、リーダーシップに関しての理解をもうちょっと考えてから判断をお願いします。

まずは神とキリストの間でのリーダーシップについてです。

 

神のリーダーシップを受けるキリストの感情

神とキリストどっちが権威を持っているかと言えば、当然ながら神。つまり神にリーダーシップを行使する権利があります。

実際聖書にはこうあります。

「キリストは神のような方でしたが,神の立場を奪って神と同等になろうなどとは考えませんでした。 かえって,全てを捨てて奴隷のようになり,人間になりました。 その上,人として来た時,謙遜さを示し,死に至るまで従順でした。苦しみの杭に掛けられて死ぬことを受け入れたのです。 」-フィリピ2:6-8

キリストは神のリーダーシップに命を懸けて従いました。つまり聖書のいうリーダーシップ(ヘッドシップ)には命を懸けても従うという側面があります。

なんでそこまでするの?そんなに重要なの?そう思うでしょう。その理由も聖書に書かれています。

「私(キリスト)は常に,その方(神)が喜ぶことを行うからです」-ヨハネ8:29

「私(キリスト)は,あなた(神)から委ねられたことを成し遂げて,地上であなたをたたえました。 」-ヨハネ17:4

「私(キリスト)が父(神)を愛していることを世の人々が知るために,父が命じた通りにしています。」-ヨハネ14:31

以下の状況を考えてください。

○○にはあなたの親しい友人の名前を入れてください。△△にはあなたの名前を入れてください。

 

○○が言ってたよ。「○○はいつも△△が喜ぶことをしたい」って。

○○が死ぬ間際に、これまで△△の益になることをずっとやってきたって言ってたよ。

 

○○(友の名前)は△△(あなた)のことがめちゃくちゃ好きで、慕っている様子がわかります。

死ぬまでずっとあなたのことをサポートし、益を考えて動きたいと思っている様子。まさに本気ですね。

これがリーダーシップを受ける人の理想形態。

リーダー;神

リーダーシップに従うもの;イエス・キリスト

簡単に言うと、べたぼれ状態です。

 

キリストは人へリーダーシップをどのように行使したのか

聖書の中でキリストは男の頭である。つまり聖書の考えはキリストが男性にリーダーシップを行使する権限を持っています。つまりキリストは神のリーダーシップに従うと同時に、人へのリーダーシップを発揮する必要がありました。

聖書にどうキリストがリーダーシップを行使したかが書いてあります。

 

「疲れていて,荷を負い切れない人は皆,私の所に来てください。そうすれば,爽やかにしてあげましょう。私と共に働いて,私から学んでください。私は温和で,謙遜だからです。あなたたちは爽やかさを感じるでしょう。私と共に働くことは心地よく,私が負わせる荷は軽いのです」-マタイ11:28-30

疲れ果てて家路についている路上でばったり会った友人。話しているとめちゃめちゃ元気になってきた。温かで穏やかな性格をしつつ、全くマウンティングしてこない。一緒にいて全く緊張しない。

上記のような人とは一緒にいたいと思います。つまりリーダーシップを行使する人は、リーダーシップを受ける人から慕われるのが聖書がのべる理想像です。

理想像というのは、聖書を読んでもリーダーシップは簡単に体得できないからです。

具体的にキリストがリーダーシップをどう行使しているかを見ていきます。

 

マニュアルに縛られない柔軟さ

マルコ5:25-34の記述ですが、ざっくり背景を解説します。西暦一世紀、イエスが生きていた時代に12年間不正出血で悩んでいた女性がいました。12年間も不正出血が続くのは何らかの疾患が関わっていたと思いますが、当時の医療水準では治療不可能だったようです。古代イスラエルの法律では、血の流出がある間,女性は「儀式的に汚れた人」となります。その女性や女性の血で汚れた服に触れるなら,水を浴びなければならず,夕方まで汚れた人とされました。(レビ記 15:25-27

古代イスラエルの法律からするとイエスに群がる群衆の中にその女性は行くべきではありませんでした。触ったすべてが儀式上の汚れたもの認定を受けてしまうので。

法律を破って、群衆の中に入りイエスにタッチした女性をイエスはどう扱ったのでしょうか。以下の工程で処理されました。

 

1・呼び出した

2・安心して帰りなさいと慰めた

 

この1の呼び出した点はなんでですか?わざわざ大勢の人がいる前でさらし者にしたのですか?

もしここでイエスが女性の行為を無視したなら、女性は法律を犯して治療を受けたことがその後一生記憶に残ります。例えば、生きるために盗むとしても、盗んだこと、誰かに損害を加えて自分を守ったことに変わりはなく、良心の呵責を持ってその後の人生を歩むことになります。

そこで、キリストはすぐに声をかけて、2の安心させて、問題ないことを伝え慰めました。

マニュアルガチガチの人なら、何で法律を破って自己中心的な行動してるの?と怒ることでしょう。

なぜイエスがこんな対応ができたのですか?

聖書が答えています。

 

「偽善者である律法学者とパリサイ派の人たち,あなた方には災いがあります! ミント,ディル,クミンの10分の1を納めながら,律法の中のもっと重大な事柄,すなわち公正と憐れみと忠実を無視しているからです。10分の1を納める必要はありますが,後者を無視すべきではありません。」- マタイ23:23

 

法律は守るべきではあるけど、もっと重要なものがあるとイエスは言っています。

それが公正、憐れみ、忠実です。

法律を破った人に対してその人のバックグラウンドを考えて憐れみを示す。それは公正だとイエスは言っています。また忠実である必要があるのはマニュアルに対してではなく、神に対して忠実であることが重要です。

一般的に考えられている公正と聖書が述べる公正にはギャップがあります。

 

このように、イエスのリーダーシップはマニュアルガチガチの行使ではなく、

一人一人に対して柔軟で憐れみに満ちた方法で行使されました。

 

どうやってキリストはリーダーシップを学んだのか?

理想の上司像のようなイエス・キリストですけど、どこでどうやってリーダーシップの方法を学んだのですか?

聖書が答えています。

「私(キリスト)は優れた働き手として神のそばにいた。私は毎日,神が深い愛情を抱く存在で,いつも神の前で喜んだ。」-格言8:30

前述しましたが、キリストは神のことがめちゃくちゃ好きなんです。人は自分の好きな慕っている上司がいたら、その方法を学ぼうとします。

つまりキリストは神のやり方を観察し、勉強し、体得していきました。

キリストのリーダーシップに習いたかったら、キリストを好きになり、聖書を読んでキリストのリーダーシップを観察し、勉強し、実生活で体感してみる方法が一番です

人は好きでもない人の方法を学ぶことは難しいからです。

 

キリストのリーダーシップを見習ったパウロ

実際、パウロは聖書で私はキリストに習ったと言い切りました。

「キリストに倣っている私に倣ってください。」-コリント第一11:1

 

リーダーシップに求められる特質を聖書はいくつか挙げています。

・謙遜さ(ペテロ第一5:5

・人を敬う(ローマ12:10

・利他的(ローマ15:1-3

 

社会で聖書が述べるリーダーシップを行使する

聖書の中のリーダーシップを簡単にまとめて、現代社会に適用すると以下のようになります。

・部下に惚れられるリーダー

・部下に癒しと活力を与えるリーダー

・状況に応じてマニュアルを超えた対応ができること

・自分ではなく他の人の最善を考える

 

家庭の中でのリーダーシップ

このテーマは独身の私にとってかなり想像しにくいのですけど、とにかく勉強してみました。

「夫の皆さん,知識に基づいて妻と暮らしてください。女性はより繊細な器ですから,妻を大切にしましょう。……妻を大切にするなら,祈りが妨げられることはないでしょう。
」-ペテロ第一3:7

家庭において男性は妻を大切に扱うことがリーダーシップに含まれます。独裁者や、独りよがりな社長のようなタイプになってはいけません。

なぜなら妻を大切にしない夫の祈りを神は聞きません。妻を大切にしない夫は神との関係も崩壊しています。

さらに聖書はこんなことも書いてあります。

「同様に,夫は自分の体を愛するように妻を愛するべきです。妻を愛する人は自分を愛しているのです。誰も自分の体を憎んだりはせず,養って大切にします。キリストも会衆を養って大切にします。」-エフェソス5:28,29

自分の体のように妻を愛すように。養って大切にするように。

キリストは会衆のために自分の命を投げ出したので、それくらい妻を愛すようにということです。

これ読んだ男性陣はかなり重い指示だなと思うことでしょう。実際私自身結婚はヘビィだなと聖書を読んで思いました。安心してください。聖書は妻にも家庭内で夫に対して果たすべき責任があることを述べています。決して男性にのみ多くを要求しているわけではありません。

聖書の考えを簡単に言うとリーダーシップを示すうえで重要なのは「愛」です。

 

聖書が述べる家庭内のリーダーシップは女性差別ですか?

聖書中のエフェソス人への手紙の中で男性と女性双方に役割があることを示しています。

実際男性の中にもリーダーシップとかめんどくさいと思う人もいます。しかし夫と妻双方が、クリエイターである神の作ったワールドに住み、神の作ったレギュレーションに従う時、人間として最高のパフォーマンスを発揮できます。

差別とは特定の、家庭という特定の場合では男性を特別扱いする行為で、正当な理由なく女性に不利益を生じさせることです。

聖書が述べるリーダーシップを男性が示すと、女性に不利益が生じるどころか、命を懸けて守ってくれるガードマンを得ることと同じです。夫は命を捨ててでも妻を守るよう聖書が述べているからです。

「夫は,キリストが会衆を愛したのと同じように,妻を愛し続けてください。」-エフェソス5:25

ただ、リーダーシップを取りたい女性にとっては聖書の考えは差別に映ることでしょう。聖書の神はその教えにしたがうことを人に強要していません。従うか従わないかは私たち個人に任されています。

聖書内のこの夫婦関係をいくつかの例えで示すと、

・船長と機関長

・社長と執行役員

どちらの例も協力しないとうまくいかないという共通点があります。

リーダーシップを基準に考えると、夫には妻が動きやすい環境づくりをすることが含まれます。

 

リーダーシップと聖書のまとめ

社会生活においても家庭においてもリーダーシップは欠かせません。リーダーシップを行使する側になるのか、行使される側になるのかは不明ですが、必ずどちらかに属することになります。

リーダーシップがきちんと行使される時に関係する人すべての幸福指数が上がります。

 

「正しい人が多くなると,民は喜び,悪人が支配すると,民はうめく。」-格言29:2

 

リーダーシップが悪いと民はうめく、つまりそれに従う人に苦痛をもたらします。

がんばっていきましょう。

 

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