友達,  聖書

聖書の友情に関する逸話3選

聖書の中でも友情系の話が好きなんですけど、

今回はそれをピックアップしてみますかね。

聖書とかキリストとか興味ないという人でもそのストーリーだけでも聞くと結構しびれる逸話は多いですよ。

 

聖書の友情に関する逸話3選

聖書中の友情に関する格言を求める方が多いと思いますが、今回は友情秘話的ピックアップしていきます。

 

ヨナタンとダビデの事例

個人的に聖書中の人物でだれが好きかと言われるとヨナタンを真っ先に挙げる私です。

私としては友情と言えばヨナタンと思っています。

ヨナタンがダビデに示した友情をここでは取り上げます。

 

ダビデとヨナタンって誰?

ダビデはイスラエルの著名な王。先代の王サウルに命を狙われていました。

ヨナタンはイスラエルの最初の王サウルの息子です。

 

上記の情報を見ると、ヨナタンの父親であるサウルがダビデを憎んでいたので、

敵対関係にあると思いきや、ヨナタンの行動はすごいですよ。

 

ヨナタンがダビデに示した友情

ヨナタンはサウルの息子なので、次期国王になってもおかしくない立場にいましたし、サウルから気に入られた息子で順当にいけば次期国王ほぼ間違いなしの人でした。

さらに聖書が述べる状況ではダビデとの年齢差は約30歳くらいあったと考えられています。

サウルがダビデを対抗者として意識し殺そうとしたのに対し、ヨナタンはダビデのためサウルにとりなしをし、その結果殺されそうになりました。

その後ヨナタンはダビデの逃亡を助け、ダビデを強めるために会いにまで行っています。

 

自分の利益を第一にするのではなく、友であるダビデの福利を優先した行動。その結果実の父に殺されかけた事例などを考えると、

ヨナタンは友情を守り通した人としての名を聖書の中、サムエル記第一の書に残しました。

 

ダビデという名前を知っている人は多いのですが、ヨナタンの際立った友情は感動的であり、立場や年齢を超えた友情の美しさをこれでもかというくらい強調しています。

 

詳しくはオンラインで無料にて読めるサムエル記第一18章からのダビデとヨナタンの記述をお読みください。

 

フシャイとダビデ

ダビデが息子アブサロムに王座を追われたときに際立った働きを見せたフシャイ。

王座を追われたダビデを支持することは新興勢力であるアブサロムに対する敵対であり、落ち目に見えたダビデを支持することは容易ではなかったことでしょう。

聖書の中にはこんな記述があります。

「真の友はどんな時にも愛を示す。苦難の時に頼れる兄弟である。」-格言17:17

自分の息子に殺されそうになっているダビデはまさに人生上最も大きな苦難の時でした。

その時に、若くエネルギッシュなアブサロムにつくのではなく、ダビデのために奔走する姿はダビデにとっての真の友でした。

サムエル記第二15,16章にはフシャイ、ダビデ、アブサロムのやり取りが出てきます。

 

預言者ナタンとダビデ

ダビデはイスラエルの王でナタンは神の預言者という立場。

ダビデは自分の考えをナタンに相談しているところを見るとかなりの親しい関係にあったようです。

「預言者ナタンに言った。「私は杉の家に住んでいるのに,真の神の箱は天幕の中にあります」。 ナタンは王に言った。「何でも心にあることを行いなさい。エホバがあなたと共にいます」。」-サムエル第二7:2,3

 

そういう親しい関係の二人の間に大事件が生じます。ダビデがかなりまずいことをしましたというか、人としてやってはいけないことを権力に物言わせてやってしまった事例です。

自分の部下の妻を寝取り、その部下が戦死するように仕向けました。

神の預言者であったナタンはそのことを知ったときに死を恐れず行動しました。自分の部下を平気で殺す人に、

あなたのやったことは最悪だと言いに行きました。つまり一国の王を断罪しに行きました。

 

この時の話の持って生き方がうますぎ、説得の技術の模範としてたびたび言及されます。

もともと羊飼いだったダビデが受け入れやすいような話から説得に入っているます。

サムエル第二12:1-14

 

真の友は正しいことをするサポートをしてくれます。道をそれたりそれそうになった時に、客観的な視点でアドバイスをくれます。

ナタンのような友達は大切にしたいですね。

 

その他の事例

ルツとナオミ、ルデアの事例やほかにもいろいろな友情に関する事例があります。

ただ、上記に記しましたようにダビデと友の記述はかなり多く、ここで一つ疑問が生じます。

 

なぜダビデには強力な友人がかなり多かったのか?

 

ダビデの特質と友達を作る秘訣の考察

詩編を読むとダビデの考えがたくさんそこに現れています。

例えば、

「私は,地上にいる聖なる人たち,立派な人たちのことをとても喜んでいます」-詩編16:3

自分の周りにいる人を立派な人と呼び、友人に対して敬意を抱いていることがうかがえます。

 

「中傷せず,周りの人に何も悪いことをせず,友をけなさない人。」-詩編15:3

神がどんな人を好まれるかの一連の流れでの一言ですが、友をけなさないことは重要と考えています。

いつも友人に対してポジティブな見方をしようと心がけていた様子が見えますね。

 

「預言者ナタンに言った。「私は杉の家に住んでいるのに,真の神の箱は天幕の中にあります」。ナタンは王に言った。「何でも心にあることを行いなさい。エホバがあなたと共にいます」-サムエル記第二7:2

自分の考えやプロジェクトを友人に相談していました。独裁的ではなく友の意見を大切にしていました

 

「エルサレムでダビデに生まれた子は次の通りである。シムア,ショバブ,ナタン,ソロモン。この4人の母は,アミエルの娘バテ・シバである。 」-歴代誌第一3:5

自分の息子の名前を友人の名、ナタンと同じものにする。これかなりの親友ですよね。もう家族と同じくらい仲がいい感じがありありと出ています。

 

「ダビデはそこから出ていって,アドラムの洞窟に逃れた。彼の兄弟たちと父の家族全体がそのことを聞き,彼の所にやって来た。また,困窮して借金のある人,生活に不満のある人が皆,彼のもとに集まるようになり,彼はそうした人たちの長となった。およそ400人がダビデと共にいるようになった。」-サムエル記第一22:1,2

命を狙われて逃亡生活中であるダビデの元に続々と人が集まり400人の集団となる。かなり人に慕われていますね。ふつう自国の王に命を狙われている人のもとにわざわざ身を寄せようと思う人はいないでしょう。

 

もっと深掘りすれば色々と出てくるでしょうが、ざっと見てもダビデは非常に魅力的な人物で、良いともに囲まれ友を大切にしていました。

ただ、家庭の中は争いが絶えず、理想の家族とはとても言えない状態で、死ぬ直前まで問題に悩まされました。

 

聖書の友情に関する話の終わりに

聖書に乗ってしまった人たちを見ると、友情の共通点は

 

自己犠牲

 

友のために自分の命や財産を顧みないこと。

それをささげて友を助けた記述が数多く残っています。

自分の命を懸けて友達を助けることはほぼないとは思いますが、

自分の身と同等もしくはそれ以上に愛情を示せば自然といい友達に恵まれるでしょう。

 

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