たとえ話,  聖書

聖書のたとえ話:100匹の羊-自分は無価値なのか?

100匹の羊の話は聖書の中でイエスが語ったたとえ話の一つです。

「ある男性が100匹の羊を持っていて1匹がいなくなったとき,その男性は99匹を荒野に残して,迷い出た羊を見つけるまで捜すのではないでしょうか。そして見つけると,その羊を肩に載せて喜びます。 家に着くと,友人や隣人を呼び集めて言います。『一緒に喜んでください。迷い出ていた羊が見つかりました』。 あなた方に言いますが,同じように,悔い改める1人の罪人については,悔い改める必要のない99人の正しい人についてよりも,大きな喜びが天にあるのです。」-ルカ15:4-7

 

「どう考えますか。ある男性に100匹の羊がいて,その1匹が迷い出るなら,男性は99匹を山に残し,迷い出ている羊を捜しに出掛けないでしょうか。そして見つけたら,間違いなく,迷い出なかった99匹のこと以上にその羊のことを喜びます。同じように,天にいる私の父はそれら目立たない人の1人が滅びることも望んでいません。-マタイ18:12-14

 

100匹の羊のたとえ話の解説

 

神が人間一人一人に注意を払うのか?地球人口77億人とも言われている2019年。77億の人をきちんとチェックすることなど人間には不可能。人間には不可能なことができる存在を人は神と呼びます。

宇宙に星が何個あるか?私たちの住む太陽系が属する銀河には2000億個の星があると言われ、宇宙には1000億以上銀河があると言われています。聖書の中に神はそれらの星全てを名前で呼べると言われています。

「天を見上げてみなさい。誰がこれらの物を創造したのか。星の軍勢を数え上げて率いている者である。その者は全ての星を名で呼ぶ。膨大な活力と驚異的な力を持っているので,一つとして欠ける星はない。」-イザヤ40:26

それらが規則正しく運行する法則を神が作ったと考えるなら、人間の思考を超越した能力を持っていると考えられます。

そんな宇宙最強の存在が一個人としての私たちを愛情深く見ているということのたとえ話です。

 

100匹の羊の背景

何故イエスがこの話をしたのか?この話をイエスがするきっかけとなったのは、イエスが罪人や収税人を喜んで受け入れたとして当時の宗教指導者たちから文句を言われたとき、その回答とした話の一部が100匹の羊のたとえです。

1世紀当時収税人はローマ人のためにユダヤ人から税を徴収するとしてかなり嫌われ軽蔑されていました。

 

イスラエルの羊飼い

イスラエルの羊飼いは羊を全部名前をつけて呼ぶ習慣があります。100匹羊がいたら、全部の名前を羊飼いは覚えています。羊も羊飼いの声を知っていて、自分の名前が呼ばれたら呼応します。日本にいると羊飼いとかあまりなじみがないのですよね。

 

1匹探しに行く間、99匹は見捨てられているのか?イスラエルでは羊飼いはたいてい幾人かで行動します。それで、自分の99匹の羊を一緒にいた他の羊飼いに頼んで、探しに行くことができました。けして99匹を危険にさらしていたわけではありません。

 

この例えの要点

・神は一人一人の名前を知るほどに人間に注目していること

・自分には価値がないと思っても、神はあなたを大切だと思っている。

 

私たちは何ができるか?

神は人間一人一人を大切だと見ているので、自分もその見方をするよう努力しましょう。確かにそりが合わない人もいますけど、そういう相手の悪口を言ったり、嫌がらせをしたりするのは何の解決にもならないですし、益にもなりません。自分の評価がダダ下がりするだけです。

今風に言えば、あいつキモイ。むかつくと学校や職場で仲間と一緒になって陰口をたたいているようなときに、陰口をたたかれている人に向かって、あんたはとても貴重な存在ですよと言われている状況ですね。

心当たりがありまくりなので、人の陰口をたたくのはやめたいですね。人の行動や性格をやいやい言う暇があるなら、我が振りなおせと昔よく言われましたが、まさにそうですね。自分をパワーアップすることに注意を集中しましょう。

また、相手がどうであれ、その性格や行動に過度に注意せずに、どんな人にも敬意を払って接したいですね。

 

参考資料:気遣いのある羊飼い