イエス・キリスト,  聖書

イエス・キリストが死んだ日はいつか?

この情報に関してですが、死んだ日は生まれた日よりもはっきりわかります。

細かな記述が聖書中にあるからです。

ただ、死んだ当時の暦が現在私たちが使用しているグレゴリオ暦とは違います。

西暦33年のニサンの月14日にイエス・キリストは死亡したという記録があります。

グレゴリオ暦では西暦33年4月1日、ユリウス暦では西暦33年4月3日です。

 

イエス・キリストが死亡した日に関する聖書中の記述

まずは聖書中の記述から順を追ってイエスの死亡した日を見ていきましょう。

 

イエスが活動を開始した年はいつか

「ティベリウス・カエサルの治世の第十五年,ポンテオ・ピラトがユダヤの総督,ヘロデがガリラヤの地域支配者,一方その兄弟フィリポがイツリアおよびテラコニテ地方の地域支配者,そしてルサニアがアビレネの地域支配者であった時,祭司長アンナス,およびカヤファの時代」-ルカ3:1,2

「なお,イエス自身は,その業を開始された時,およそ三十歳であり」-ルカ3:23

このルカによる書の記述からティベリウス・ユリウス・カエサルの第15年にイエスが活動を開始された記述があります。

ちなみにこのルカという人はティベリウス・ユリウス・カエサルどころか、その当時の地域支配者や祭司長など7人の著名人をあげて年代に関して詳細な記述を書いています。

ルカはかなり・・・細かい性格の人だったことが文章からわかります。

 

ティベリウス・ユリウス・カエサルは歴史上の人物で、その存在を疑う人はかなり少ないでしょう。

西暦14年に支配を開始したので、イエスが活動を開始したのは西暦29年という計算になります。

 

ティベリウス・ユリウス・カエサルに関するwiki

 

イエスは何年間活動したのか聖書の記述

過ぎ越しに関する記載

聖書中のヨハネによる書にはイエスが活動を開始してから4回「過ぎ越し」を行ったことが記載されています。

「さて,ユダヤ人の過ぎ越しが近かったので,イエスはエルサレムに上って行かれた。」-ヨハネ2:13

「こうした事の後,ユダヤ人の祭りがあって,イエスはエルサレムに上って行かれた。」-ヨハネ5:1

「さて,ユダヤ人の祭りである過ぎ越しが近かった。」-ヨハネ6:4

「それに対して,イエスは過ぎ越しの六日前にベタニヤに到着された。」-ヨハネ12:1

 

「過ぎ越し」とは一年に一回行われるユダヤ人たちの祭りです。

4回年一のイベントに参加するには4年より少ない年数が必要ですね。

つまりここからイエスの活動は3年以上4年未満であることが判明します。

大いなる安息日の記述

モーセの律法下では過ぎ越しの祭りの日が通常の安息日と重なる日は大いなる安息日と呼ばれました。

「その後ユダヤ人たちは,それが準備の日であったので,安息日に体が苦しみの杭に残ったままにならないようにと(その安息日は大いなる日だったのである),彼らの脚を折って,死体を取りのけてくれるようピラトに頼んだ。」-ヨハネ19:31

イエスが死んだ次の日がこの記述によると大いなる安息日でした。

実際、西暦31年、32年は大いなる安息日の年ではなく、西暦33年が大いなる安息日の年でした。

 

過ぎ越しの祭りとこの安息日が重なる日など、暦上のことを現代で変更するのは無理でしょう。

どうもこうも動かしようがない事実です。

 

ニサンの月とは何?

ユダヤ人の教暦の第1太陰月を指す名称で、3月後半と4月前半の期間に相当します。

現在私たち日本人が使用する太陽暦(グレゴリオ暦)とは暦が違います。

春分の日のあとにイスラエルのエルサレムで新月が確認された日がニサンの月の始まりです。

その新月が確認された14日後のニサン14日にイエスは処刑されました。

 

あと、重要な情報としては、ユダヤ人は一日を日没後から数えました。

つまりグレゴリオ暦で西暦33年3月31日の日没後からニサン14日が始まり、

西暦33年4月1日の日没前までが1日。

これ、よく知らないと混乱するのでお気をつけください。

 

イエスが死んだ日と生まれた日

イエスが死んだ日はこの日であるときちんと特定できるのに対し、生まれた日に関する記述は聖書中にはないし、特定できる資料もないです。

現代人の常識となっている生まれた日を祝う習慣が当時なく、また聖書中に誕生日を祝ったという事例はネガティブな例しか出てきません。

イエスの死から2000年近く経過した現代、死んだ日を強調する聖書よりも正確にわからない生まれた日を祝おうとするのか?

 

お金儲けでしょうかね。知りませんが。

 

クリスマスって物欲マックスな日でしょ。物欲や性欲はまったくイエス・キリストと関係ありません。

クリスマスにかこつけてどこもかしこもセールします。クリスマスなくなったら売り上げ落ちて困るという会社多いんじゃないですか。

ですので、クリスマスを楽しむほとんどの人にとって、イエスがいつ生まれるか死ぬかとかどうでもいい話でしょう。

 

このイエスが生まれた日と死んだ日に関する聖書と現状のギャップはおもしろいですね。

 

イエスが死んだ日何をするのか?

西暦33年ニサン14日。イエスは使徒と呼ばれる弟子たちと一緒にいて、以下のことを決めました。

「また,イエスはパンを取り,感謝をささげてそれを割き,それを彼らに与えて,こう言われた。「これは,あなた方のために与えられるわたしの体を表わしています。わたしの記念としてこれを行ないつづけなさい」。また,晩さんがすんでから,杯をも同じようにして,こう言われた。「この杯は,わたしの血による新しい契約を表わしています。それはあなた方のために注ぎ出されることになっています。」-ルカ22:19,20

簡単に言うとパンとぶどう酒を回す儀式ですね。

ただ、イエスはこれを自分の記念として行い続けるように指示しました。

聖書中にイエスが制定した記念日というのはこれだけなんですよね。

生まれた日を祝うようにとか復活祭をやれとか一切言ってないんですよ。

 

ちょっとこのあたり聖書の深い理解が必要なのですが、細かい説明をここでせずに関係する要素を羅列しますと以下のようになります。

・ユダヤ人の過ぎ越しの祭りは年に一回だった

・過ぎ越しの犠牲とイエスの関係

・誰が行うかの聖書の記述

・いつまで行うかに関する聖書の記述

 

パンとワインを皆で回せばいいのか?

なんでこのイエスが言った儀式を守るのか?

この儀式を守ろうとする人はイエスが言ったことを忠実に守ろうと思っているからやるのでしょう。

パンとワインを回すとか5分もかからない儀式ですよね。

人数が多かったらもうちょっとかかりますかね。

やるように言われているので、実際にパンとワイン回すことをやりますが、

重要なのは記念として行うという聖書の記述ですね。

この儀式でクリスチャンはイエスが何をしたのか、約2000年後の現代に住む私たちとイエスがどう関係があるのかを考えます。

ですので、この儀式はパンとワインを回すゲームではありません。

そういう視覚教材を使って、イエスと関連付けて脳裏に刻むものです。

 

イエスが死んだ日付に関して色々な考えがあるのはなぜか?

聖書だけの記述でかなりのことがわかるので、それを無視しているのか見落としているのでしょうかね。

イエスに関する記述が聖書に書かれたのが西暦98年ころヨハネによる福音書が最後です。

つまり聖書の内容は1900年ほど全く変わらないんですけどね。

 

ニサン15日に死んだ?

他の資料ではイエスはニサンの15日に死んだとか言っている資料あるけど、

聖書がニサンの14日に死んだと言っていることを覆す資料を見つけるほうが難しいでしょうね。

 

西暦30年に死んだ?

この文章の最初の方にwikiでティベリウス・ユリウス・カエサルの治世に関する一般資料まで出していますが、

どう計算しても西暦30年にすることが難しい。

これもよくわからない計算方法です。

上記のように天文学的というか、暦など根拠を調べると、どうしても西暦33年にしか条件が合致しない。

 

13日の金曜日に死んだ?

全く関係ないですね。

イエスが死んだのはニサン14日、ユリウス暦の4月3日、グレゴリオ暦の4月1日。

曜日で言えば木曜日です。安息日の前の日でした。

当時安息日は金曜日。

13日の金曜日に関するwiki資料見て笑ったのが、いくつかの国では縁起の悪い日だとされて、

フランスではハッピーな日で13日の金曜日は宝くじの売り上げが上がるとか。

あと13日の金曜日恐怖症とかもあるらしいです。

 

要は気の持ちようじゃないですかね?

 

キリストが死んだ日はいつかに関する結論

よくわからないとかないですね。はっきりしています。

グレゴリオ暦の西暦33年4月1日。

 

キリストの死を記念する式典に参加が信者ではなくても可能です。

日没後、晩にこの記念式典は行われます。

無料のこの儀式に参加して、どんなことが行われるかを見てみたい方は以下のページをご参照ください。

 

イエス・キリストの死の記念式について